キングカメハメハ 安藤勝巳騎手がダービーを勝てると思った理由、生涯唯一の敗戦の中で得たものとは?

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【キングカメハメハ 安藤勝巳騎手がダービーを勝てると思った理由とは何だったのでしょうか?】

 

キンガカメハメハは2000年に母マンファスがキングマンボの子供を受胎した状態で輸入されたいわゆる持ち込み馬でした。

母マンファスはイギリスで生んだ第一子がアメリカのG1サンタアニタダービーを制したように良血で
ノーザンファームが輸入した際にも期待をかけられた繁殖牝馬でした。

馬主は個人馬主としては初の記録である旧八大競走完全制覇を達成している金子真人(まこと)オーナーです。

栗東の松田国英厩舎に入厩したキングカメハメハは2003年11月16日、安藤勝巳騎手を背に京都の新馬戦でデビュー勝ちを収めます。
続く500万下の特別戦エリカ賞では武豊騎手を背に連勝を飾ります。

通常、デビューから2連勝すればクラシック候補に名前が上がりますが、
武豊騎手があのディープインパクトの全兄であるブラックタイドを選んだことや
公営所属のコスモバルクが脚光を浴びたこともありクラシックの主役とはみなされていなかったようです。

そのことはキングカメハメハの鞍上からもみてとれるのではないでしょうか?

新馬戦では安藤勝巳騎手、エリカ賞では武豊騎手、京成杯ではD・バルジュー騎手、すみれSでは安藤勝巳騎手、
毎日杯は安藤騎手が騎乗停止だったためとはいえ福永祐一騎手が騎乗しております。
後のダービー馬でここまで鞍上が変わったケースと言うのは珍しいかもしれません。

また牧場時代からブラックタイドは弟のディープインパクトよりもはるか評判が良かったそうで、
12月の新馬戦では鮮やかな勝利を収めております。そんな馬に天才武豊騎手が乗るとなれば
キングカメハメハが主役扱いされなかったのは当然と言えるかもしれません。

年が明けた2004年、キングカメハメハは年明け初戦に中山のG3京成杯を選びます。

1番人気に押されたキングカメハメハですがマイネルマクロスにも先着を許し、
生涯唯一の敗戦となる3着に敗れてしまいました。

しかし、後に安藤勝巳騎手が3着に敗れた京成杯の後、すみれSあたりから急激に力をつけたというか、覚醒した感じです」と語ったように
この敗北は、その後のGI戦線を戦う上で大きな意味をもっていたのです。  

 キングカメハメハがその隠れていたポテンシャルを見せ始めたのは、京成杯の次走、
オープン特別のすみれステークスからでした。少頭数で相手関係もあったかもしれませんが、 
モタついて流れに乗れなかった京成杯とはうって変わりスッと好位につけ先行馬を自力でつぶして先頭に立つと、
後ろから追い上げてくる馬をも完全に封じ込めたのです。タイム差0.4という完勝でした。  

続く毎日杯でも圧巻の強さを披露することとなります。 代打で騎乗することとなった福永祐一騎手を背に、
前に有利な展開の中、3番手を追走したキングカメハメハは逃げたマイネルマクロス、
1番人気だったシェルゲームを早めに捕らえて突き放し0.4差をつけてゴールイン。まさに京成杯までとは違う馬となっていたのです。 

毎日杯を勝利した時点で、松田国英調教師は、「中山は不向き」という判断もあり皐月賞はパスしてNHKマイルカップに向かうことを表明しました。
2着コスモサンビームにつけた着差は実に5馬身。勝ち時計の1分32秒5はNHKマイルカップのレース・レコード。まさに文句ナシの競馬でありました。

NHKマイルカップを圧勝したことで、キングカメハメハがダービーで1番人気になるであろうことは確定的な状況になっていました。
次はいよいよ日本ダービー NHKマイルカップ・日本ダービーの連覇は、松田国英調教師がこだわり続け、
厩舎の先輩であるクロフネ、タニノギムレットでも成し遂げられなかった「変則二冠」を目指すこととなります。 

2004年5月30日第71回東京優駿のゲートがいよいよ切られます。

後に安藤勝巳騎手はキングカメハメハについて残したコメントとは?

ハイペースの日本ダービーを押し切ったキングカメハメハを、
管理した松田国英調教師は「ハロン11秒台のラップをいくつも続けられ、そのどこかに10秒台のラップを織り交ぜることができる馬です。」と語っています。
また、主戦騎手の安藤も「あのダービーはベストの騎乗とはいえないはずでしょう。普通に強いのであれば、後ろから来たハーツクライに飲み込まれていたところですからね。
どう乗っても、誰が乗っても勝てるほどの馬だったんですよ。」という評価を与えています。

ダービーの後、休養に入ったキングカメハメハは、復帰戦の神戸新聞杯に快勝しました。
ところが、出走を表明していた天皇賞(秋)の2週間前、屈腱炎を発症して引退に追い込まれてしまう。  

私がキングカメハメハの一番印象に残っているレースは日本ダービーもそうですが、やはり圧倒的な強さを見せつけられたNHKマイルCでした。
2着のコスモサンビームに5馬身差をつけて勝利。勝ちタイムの1分32秒5は、当時のマイルCのレコードでもありました。 
もしも怪我する事がなく1歳年下のディープインパクトとの対決していたらどうなったのか、海外挑戦していたらどうなっていたのか考えればキリがありません。 

引退後、種牡馬となったキングカメハメハは2010年・2011年に日本のリーディングサイアーとなります。

ドゥラメンテ、リオンディーズ、そして2017年のダービー馬レイデオロを輩出しています。
早すぎる引退に残念な気持ちはありますが、今後も優秀な産駒を輩出して欲しいものです。
先日骨折が判明したレイエンダを含めて脚元に不安を抱える産駒が多いのが気になりますが、今後は息の長い活躍馬が出ることを期待しようと思います。

 

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